1009セミナ用研究計画案(加藤,生命科学・河田研)

背景

●     理論研究の中には、生物群集構造の維持は困難であるとするものがある。

複数の資源を巡って生産者が競争している系の動態は、系への資源供給比率と生産者の資源利用比率によって決まる(Tilman 1982, Andersen 1997)。

Andersen(1997)は侵入実験のシミュレーション結果から、動物プランクトンの存在下では植物プランクトンの共存は非常に困難になるという予測を行った。

 

●     しかし生物の共存とはそこまで困難なものだろうか?

実際の湖では、上記のような構成の生物構造が維持されている例が多数知られている。

 

●     上記のような予測が現実性を欠くのは、生物の空間的不均一性について考慮していないためであると考えられる。

空間構造は系の個体群動態に大きな影響を与えるとされている(Tilman & Kareiva 1997, Hanski 1998)

従来の生産者の資源利用比率の研究では、資源比率の空間的不均一性についてあまり考えてこられなかった。

 

●     そこで,湖の個体群動態について、系の空間構造を考えてみる。

(1)   湖において空間構造を考えることで、上記の共存条件はAndersen(1997)の予測より広がるだろう。

(2)   水の動きは生物の個体群動態に大きく影響すると考えられる。ではどのような影響がもたらされるか?

 

研究

資源比率の空間勾配と生物の利用比率に着目する

窒素とリンがそれぞれ異なる供給形態をとる(注1)ことと水の動きによって、湖では生産者の利用できる資源の比率に空間的な違いができると考えられる。プランクトンの増殖に栄養塩の利用比率(stioichiometory)の効果が働く(注2)ことを考慮すると、資源の空間構造は生物の群集構造に大きな影響をもつと考えられる。

この問題について流入/流出河川を持つ湖を想定し、以下の要素に着目してプランクトンの群集構造に関するシミュレーションを行う。

(1)   植物プランクトン(および動物プランクトン)の窒素/リン(N/P)要求比率

(2)   湖の栄養塩の内部供給量・比率

(3)   栄養塩の湖への流入量(濃度・速度)と比率

(4)   湖の物理構造(広さ、形、湖底形、障害物?) などによる生物の群集構造への影響

 

(注1) 一般に窒素は硝酸などのように非常に水溶性の高い形態で外部からの流入が主な供給源となるのに対し、通常リンはリン酸という土壌に吸着されやすい形態をとり、湖底の土壌やデトリタスからの還元が主な供給源となる。

 

(注2) たとえば窒素/リンの場合、窒素の供給量だけが多くてもリンが少なければ窒素は成長に利用することができない。つまり、生産者は成長に必要な栄養塩の最適利用比率を持っており、より効率よく環境中の資源を利用できる種が競争に有利であるといえる。

 

計算プログラムの構成()

1.前提条件

今回は日照量による生産速度の変化を考慮しない。(植物プランクトンの一日単位での生産速度について、よい資料が見つかれば対応してもよいかもしれない)

また、湖全体をひとつの計算領域とみなし俯瞰の二次元平面として扱う。計算領域は周囲を鉛直壁で囲まれ、水深は一様で流入および流出河川を一つずつ有するものを想定する(下図参照)。

計算単位は系全体ですべて均一な空間メッシュ・計算時間間隔で扱うものとする(予定)。

 

2.計算の流れ

(1)   設定値と初期値について

1.動物プランクトンと植物プランクトンの初期量や形質についてのパラメータを設定する。

2.流れおよび栄養塩濃度などについて初期量を設定する。

(2)   ループ計算

1.生物の増殖についての計算(次のステップのバイオマスの算出)

2.動物プランクトンの能動移動についての計算

3.栄養塩濃度の空間勾配の計算

4.連続の式による水位の計算と運動の式による流量計算

5.流入計算(流入河川側の境界値の入力)と流出計算(流出河川側の境界値の入力)

6.出力とデータの入れ替え

 

現在の進捗状況

プログラムの作成について、生物の増殖計算部分については昨年度に作成したものを流用し一部を改変した。

現在上記(2)の2,3,5の部分の作業中。

 流れの計算部分の作業が完了したら上記の生物計算プログラムと統合し、実験に取り掛かる予定。

 

実験予定()

(1)    湖への流入量が変化したとき、植物プランクトンの共存条件は変化するか。

まずは動物1種・植物2種の生物構成で、栄養塩の利用比率についていろいろな組み合わせを用いる。各生物の利用比率については過去の研究例などから形質値幅を設定する。この組み合わせに対して、流れがない条件(昨年度研究)と流れのある条件での系の挙動の違いについて調べる。

 

(2)    流れの影響で湖での生物の群集構造が異なるとすれば、湖の構造(流入/出河川、湖底形、湖面積)によって個体群動態はどのような影響を受けるか。

国内の湖の構造・水質と生物群集についてのデータ集がある(らしい)ので、モデルを使った再現と予測ができれば面白そうだと考えている。