“Destinate”そのいち

1st : They Come, They Go

数日前、ゼドはたった1人の肉親だった母親を亡くしている。
静かな静かな、とても物静かな母だった。
言葉らしい言葉を発するコトはほとんどなかったってくらいに。
ただ、いつも穏やかに、優しげに微笑んではいた。
その静けさと穏やかさは最後の最期まで何一つ変わらないまま、彼女はただ空に溶け込むように、この世を去った。
元々半分くらい空にいるよーなヒト、だったけど。。
本当の本当に、空とその向こうに逝ってしまった。
遺骨と墓標以外の何もかもを地上に残すコトもなく。

葬儀はそんな彼女の性格を反映してか、この小さなディセンという村の中で、更に限られた少人数の村人しか参列しなかった。
ゼドはソレが別に寂しいとも思わなかった。元々ほとんどの村人からいないも同然に扱われてきてたのだから、最後までそーなったってだけの話だ。
ただ、ミュアはかなり泣いていた。
ミュアの母ユーシアも、静かに涙を流していた。
そんな2人に比べて、自分は本当に母の死を悲しんでるのかどーか、ゼドは正直良く分からなかった。
逆に自分が死んだとしても、母が悲しんだかどーか、分からないと思った。
なんかなんとなくすんなり流されちゃったんじゃないだろーか……。
別に嫌ってる訳じゃないのに、お互いに言葉を交わすコトもほとんどなかったから、そのくらいにしか思えないのだろうか。
もしかすると他の村人と同じよーに、自分も母をいないのと同じに扱ってたのかもしれない。

何故か今、母が生きてた頃よりもずっと多く、ゼドは母のコトを考えてしまう。
自分の命が尽きるコトを知って尚、微笑んでいた母は、本当にソレで良かったのか……。
そして自分も、最後まで母と疎遠なままで、本当に良かったのか……。




少しずつ少しずつ、秋桜の花が咲き始めている。
そんな夏の終わりの昼下がり。
「もーすぐ学校始まっちゃうねえ。ゼド」
ミュアは言った。
「そりゃ始まるだろ。だからなんだよっ」
ゼドは返した。
「……サフィはどーすりゃいーのかなっ??」
「……そーいえばそーだねえ」
サフィ――こと、サフィーネ・リファイザ。
昨日の夜、目映いばかりの光と共に舞い降りた、不思議な少女。
舞い降りるついでにゼドの家まで破壊してたりするのだけどソレはさて置き。。
「学校……ですか……?」
話題の少女は首を傾げる。
「そう。みんなで勉強したりするトコ。正直つまんないけどね」
「そーだね。正直つまんないよね」
珍しくミュアとゼドの意見が一致。
「でも、サフィが一緒に来てくれたら楽しくなるかなって、そう思わないコトもない」
ミュアはサフィーネの腕を抱き寄せる。
「あ、私は……っ」
少し困惑したような表情をサフィーネは見せる。
「大丈夫大丈夫! 私から先生達にお願いしてあげるからっ! 一緒に行こっ!」
「…………えっ……。でも……っ」
「……つまんないトコにわざわざ行きたいかよ」
強引にサフィーネを誘うミュアに、ゼドは少し飽きれる。
「じゃーアンタが行くの止めて代わりにサフィが行けばいいのね?」
「どーしてそーなるかなあっ!!???」
流石にちょっとフザケんなとゼドは思う。
っていうかそもそも、代わりにオレが行かないからって、この村の連中がイキナリ外から来たよーな得体の知れない少女をすんなり学校に入れてくれる訳ないってコト、ミュアは分かって言ってんのか。
オレが学校行けてるのも奇跡的っちゃ奇跡的なのに――

「あ、ゼドお兄ちゃん!」
「えっ」

――少し幼い少女の声が響いた。
というかゼド的に、「お兄ちゃん」って響きはなんとも慣れない。
「あ、ルアナちゃん」
呼ばれたゼドじゃなく、ミュアが真ッ先に反応する。
その視線の先には、2人の少女が並んで立っている。
「ノナも一緒なんだ。おはよー」
余裕で昼過ぎだが、ミュアはそう挨拶する。
「おはようってコトは、ないと思うけど……」
ノナと呼ばれた比較的背の高い少女が、静かな声で言う。
ゼドは一瞬そのノナを見て、しかしホントに一瞬だけで視線を下げた。
「………………」
何言っていいんだか。しかもミュアとサフィーネのいる前で。
いや他に誰もいなかったとしてもやっぱり何言っていいか分からない気はするけど。。
「あれ、この綺麗なお姉ちゃんは……?」
一際小柄なルアナが、サフィーネを見て言った。
「あ、、、私は……っ」
サフィーネは少し顔を赤らめる。
「あ、サフィっていうの。昨日空から降りて来たんだよ」
「空……から……?」
ミュアの突拍子もない説明がノナを惑わせる。
「えー。凄いねー」
一方、ルアナはなんとなくすんなり納得してしまう。
対照的な2人は姉妹、だったりする。
「でも私、自分のコト、何も分からなくて……」
相変わらず申し訳なさそうに、サフィーネは言う。
「大丈夫だよ。ゼドお兄ちゃん優しいから」
「……え、オレなの?」
ルアナが思い掛けないコト言うので、ゼドは戸惑う。
っていうかなんでオレ。
「……ゼド、まさかその気?」
ミュアがゼドを睨み付ける。妙な勢いで。
「……何が?」
話の筋がゼドには見えない。
「とぼけんなてめーっ!!!」
「だからなんなんだよっ!?」
ミュアは一気にゼドに詰め寄る。
首根っこ掴んで数m後方に押し込んで行く。
「ちょ、、、、、ミュアっ!!???」
サフィーネ達3人から十分離れたトコで、ミュアは小声で尋ねてくる。
「……どっちなの??」
「…………は?」
「だから、ノナとサフィ」
「はあ!!???」
訳分からないが分かった。そーゆーコトか。。
「ハッキリしろよ?」
「別にそんな、どっちがってコトも……」
「ハッキリしろっつってんだぞ??」
ミュアは思いっきり眉を釣り上げる。
「……あのさ、イキナリ決めろってのは酷くない?」
ゼドは少し苦笑する。
「いやアンタ的にはずっとノナだったんでしょ? ソコにサフィが来て変わったの? 変わんないの?」
「……バレバレですか」
ゼドは少しどころじゃなく苦笑する。
「……何がバレバレ?」
幼い声。2人を追って来たルアナだ。
「いやね、コイツ前からノナのコト」
「ヲィコラちょっと待てミュア黙れッ!!!!!」
容赦なくぶっちゃけよーとしたミュアにゼドはキレる。
「あれ、言っちゃうとマズぃ?」
「いろんな意味でマズぃ」
作り笑いで苦笑い浮かべてるの止めよーかとゼドは思う。
普通に怒ってあげないとむしろミュアの方が可哀想だとかなんとか。。
「……何がマズぃの?」
さて無邪気に首を傾げるルアナに、どう誤魔化したモノか。
「や、サフィ可愛いからゼドが変なコトしないかって心配なの」
ミュアのフォローは最悪っていうかむしろ全然フォローになってなかった。
「はいはいちょっとーーーミュアさーーーん?」
コイツいーかげん絞め殺してやろーかとゼドは思う。ノナの眼前じゃ到底できないけど。
「ゼドお兄ちゃん、変なコトなんてしないよねえ」
ルアナは素直に微笑んで、言った。
「……そりゃそーだよねえ」
余りに素直に言われて、ゼドは少し照れる。
ホントゆーと女の子に応対するのって苦手だ、すげえ苦手だ。
「とにかく、ルアナちゃんもサフィと仲良くしてねっ」
「うん!」
ルアナの了解を得ると、ミュアはサフィーネとノナの方に戻っていく。
「ノナも。いいよね?」
「えっ……何が?」
「だから、サフィと仲良くしてってコト」
「それは……っ」
ノナは少し、戸惑ったような表情を浮かべる。
「ノナさん……ですね」
サフィーネも同じような表情になる。
「あ、はい。サフィさん……ですよね」
「サフィ……で、構いません」
サフィーネは微笑むが、ノナの表情は変わらない。
差し出されたサフィーネの手を前にして、自分からも手を出したりはしない。
「ほらおねーちゃん、あくしゅあくしゅっ」
ルアナが促す。
「あ……っ」
ソレでもためらうノナの元に、向かって来る少年が1人。
「……何やってんだよ!!」
少年はノナとサフィーネの間に割り込み、ノナを怒鳴りつけた。
「あ……ディオル……」
ノナに名を呼ばれると、少年は一際大きな声で叫んだ。
「なんで呼び捨てなんだ! 僕はお前の兄だぞ!!」
「……バッカじゃねーの。双子で兄も妹もなくね?」
傍らのミュアが冷めた声で吐き棄てる。ディオルはソレには耳を貸さず、今度は歳の離れた妹に向かって怒鳴る。
「ルアナ、お前もだよ。なんでそんな奴と一緒にいるんだ!?」
ディオルの人差し指はゼドを指示している。
「『そんな奴』じゃないよ。ゼドお兄ちゃんだよ?」
ルアナは反論するが、ソレは尚更にディオルの激昂を招いた。
「実の兄じゃない奴を『お兄ちゃん』とか呼ぶな! お前は頭がおかしいのか!?」
「え……っ」
過度な言葉で罵倒されたルアナは言葉に詰まる。
「ちょっと待てよ、いくらなんでも言い過ぎだろ」
見兼ねたゼドが割って入るが、そもそもディオルが問題視してる対象がゼドなので、当然ながら逆効果。
「そもそもお前なんかが調子に乗ってるのが悪いんだろ!」
「別に調子に乗ってるつもりもないけど。そんなコトより、いくらなんでも自分の妹に『頭おかしい』はねーだろ、普通さ」
「お前なんかが普通とか言うな!」
「随分な言い掛かりで……」
神業的な速さでゼドは呆れてきた。基本こーゆーヤツには何言っても無駄だと思う。
毎度こんなカンジなんだけど、コイツは本当に何が気に入らないんだろう?
「とにかく謝りなよ。ルアナちゃんにさ」
ゼドは冷静に促すが、当然ディオルは聞き入れる訳がない。
「なんでお前なんかに指図されなくちゃいけないんだ! 僕の方が上なんだぞ!」
補足しておくと、ディオルの語る「上」とは単に学校の成績のお話。
その程度だろーなと踏まえた上で、ゼドは一際冷めた声で言い返す。
「別にオレに謝れって訳じゃなくて。酷いコト言われたのはルアナちゃんなんだよ」
「お前が調子に乗ってるせいだろうが!!」
ディオルの怒号は止まらない、が――
「うるせーよバーカ! どっちが調子に乗ってんだよっ!!???」
「えっ」
――ミュアが一喝すると、途端に彼はオトナしくなった。
コレもいつものコトだ。
「ルアナちゃんに謝れっつってんだよ」
「うっ……」
ディオルは言葉を失って、後退りを始める。
「で、でも、その余所者は村から追い出すからな!」
唐突にサフィーネを指差してそう叫ぶなり、ディオルは走り去って行った。
余計に一言付け加えなければいいのに言っちゃうから尚更嫌われるの分からないかなあ、とゼドは思う。
「うるせーバーカ! テメーが出てけーーーーーっ!」
律儀に反撃を忘れないミュアもその次くらいにバカらしいよなあとゼドは思う。思うだけで言わない。
「あの……私やっぱり、ここにいてはいけないですか……?」
そう言うサフィーネに、ミュアは微笑み掛ける。
「気にするコトないよ。誰が何言ったって、サフィはココにいていいんだから」
「そう。誰が何言っても……ね」
ゼドは繰り返して、強調した。
たぶんサフィーネを追い出そうとするのはディオルだけじゃないだろうとゼドは思う。
この村は、そーゆー村だ。余所者に入り込まれるのを極端に嫌ってる。
の割には別に余所者じゃないハズの自分と母までなんか嫌われてた気はするけど。
「ね、ノナもいいよね?」
「あっ、、、うん……」
ミュアに了解を求められても、ノナは相変わらず、強くは頷かない。
兄がああまで言うコトを、そう簡単には否定できないのか。
「ほらおねーちゃん、なかよしなかよしー」
立ち直ったらしいルアナも駆け寄ってきて、姉を促す。
ソレでもまだノナは動かないし、サフィーネも自分からどーのこーの言うコトはない。
「もーホントノナってば! ハッキリしないんだから……」
ミュアが痺れを切らすが、その途端――

「うわあああああああっ!!???」
――ディオルの走り去った方向から、彼の悲鳴が響いてきた。

「えっ、お兄ちゃん?」
「ディオル……?」
妹2人が心配そうな表情を見せる。
「どーせソコらの穴にでも片足突ッ込んだんじゃね? 放っとけば?」
ミュアは当然、マトモには取り合わない。ゼドもわざわざ動こうとは考えない。
むしろコチラから動くまでもなく、ディオルは去った時の倍の速度で戻って来た。
「だっ、誰かっ……」
「あ、落ちた訳じゃないのね?」
すっかりからかってるミュアだが、対照的にディオルの表情はすっかり蒼褪めている。
「きっ、、、斬られる……っ!」
「あーーー!?」
ミュアが眉をひそめ首を傾げる。
ゼド的には「じゃあ、斬られちゃえっ♪」って多少思わないコトもないけど、流石にノナとルアナの手前、言わない。
「なんなんだよ、一体何が……」
とは言え多少、心配ではある。
こんな辺境の小さな静かな平和な村で、何をどーすりゃ、「斬られる」のやら――

(まさか――)

もしかして、とゼドはふと思った。
脳裏に甦ったのはあの昨夜の、明らかに鋭利な槍の穂先と、ソレが月明かりを反射して輝くのと、ソレが月明かりを反射しないで輝くのと、ソレから後は――
――猛烈な爆発の大音響。

「きゃっ!!???」
「うわ何っ!!???」
ルアナとミュアが驚いて悲鳴を上げる。
ゼドの目の前で、炎の渦が高らかに舞い上がる!
「………………来たかよ」
一瞬で消え逝く炎の向こうを見据え、ゼドは吐き捨てた。
もう昨晩の記憶を思い返す必要も無い。
今現在NowThisTimeにリアルタイムで現在進行中のリアルな現実たるリアリティとかなんとか系のソレそのものがHere It Goes Again... NOエスケイプだ。
「ヤバいぜミュア。たぶん昨日のヤツがまた、サフィを狙って来てんだ」
「えーーー嘘マジホント冗談? ちょーヤバくない?」
「………………」
昨夜の記憶がないらしいサフィーネは何も言わなかった。
ルアナは姉に抱きつき、ノナは妹を庇うように抱き寄せている。
ディオルは戻って来た時の更に倍の速度で走り去って既に見えない。

「分かってるみたいだね。お嬢さん達」

女の声が聞こえた。たぶん20歳を過ぎたくらいか。
炎が巻き起こした爆風と爆煙の向こうに、ソレらしき姿が見え始める。
「うるせー黙れっ! てめーらにサフィは渡さねーからなっ!!!」
霧散する爆煙の先に向かってミュアが高らかに叫ぶ。
その声の先には、黒い鎧を着込んだ大柄な人影が1、2、3、4……5人。
昨日の夜来てたヤツとたぶん同じ連中だろう。
(……うわ、「ちょーヤバい」とか、そんなモンじゃねーわ……;)
心の中でだけ、ゼドはこの状況に苦笑する。
「強がってられるのも今のうちだけだよ。その娘を渡さないとどーなるか、大体分かるんでしょ?」
5人のうち1人がその声の女らしい。1人だけ兜を身に着けず、肩くらいまで達する金色の髪を爆風になびかせている。
っていうか金色の髪なんて、ゼドは初めて見たっていうか、そもそも金色のソレは髪なのか。
いやソレ言ったらサフィの髪だって、銀色が蒼紫色に輝いて、とても不思議な色で――

――なんて言ってる場合じゃねえ。

「ミュア逃げるぞ! サフィ連れて!」
「ちょっ、、、ゼドなんでっ!!???」
「なんでも何もあるかっ! 勝ち目ねーだろーがっ!!!」
コイツ殺る気なのかとゼドは疑問に思う。だとしたらどーやって。
「あ……」
とにかくゼドはサフィーネの手を取って、黒い鎧の5人と逆方向に走り出そうとする――
「って!」
――矢先、目の前を駆け抜ける炎の玉が見えて、慌てて立ち止まる。
そして再び、舞い上がる爆風、咆え上がる爆音。
「ちょっ!!???」
ミュアも両腕で顔を覆い、反射的に爆風を遮ろうとする。
爆風で堆く巻き上げられた土埃がその両腕を掠めて行く。
その土埃の向こう側には既に――白いロングコートを纏った人影が。
「その女の子……渡してくれるよね」
爆音の残響の向こうから、静かな音声が確かに響いて来た。
小さな声……のハズなのに、やたらハッキリとゼドには聞き取れた。
透き通って、落ち着いた、男とも女とも分からない声だった。
「うるせー誰が渡すかっ!!! 金払って帰れーーーッ!!!!!」
ミュアの意味不明な絶叫の向こうで土埃が薄れていくと、よりハッキリと声の主の姿が浮かび上がる。

「金欲しそーな顔には見えないけど……分かるよね、その女の子と引き換えだってコト」
優美なほどの黒く長い髪(ソレが髪なのかどーかはこの際置いといて)を爆風になびかせながら、声の主はゼドの手を握るサフィーネを一瞥する。
むしろ優しげに肩を撫でる微風のような声がしかし、鋭利な棘を背筋に突き刺してくるのをゼドは感じる。
よくわからないけど。たぶんヤバい何か。本能的に直感的に――

「って、はわわっ、なんかちょおイケメンだしぃー!!???」
「ぶばッ」
――ミュアが突然舞い上がって、ゼドの危機察知は中断された。