“Miracle High”そのろく

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6th : Aces High
撃墜王の孤独

「いいか。あんまり相手が速過ぎるならヘタに挙動読もうとか思うな。どう動いてよーがとにかく自分に向かって来てるってんならその動きの中の1点に『点』で合わせるよりはな、その動きの『線』の向かう先を『面』で捉えて覆っちまえ。そーすりゃ狙わなくても当たる」

リュングベリが教えてくれた、先日のカラスみたいな高速移動する魔獣との戦闘のコツ。

『点』『線』『面』。
幾何学的な表現で相手の位置や挙動や攻撃性魔術の軌道等を単純にパターン化する。
大学出身で博学なリュングベリらしい言葉の使い方だとトーアは少し納得させられた。
そして言われた通りに特に狙いを定めず、ある程度の強さの魔術を一定範囲に『拡散』させて撃って、あの次の日から2日間で同種のカラス型魔獣を5体撃墜。
しかもその間、1度もセレナの手を煩わせず。

「教わったコトしかできねーってのは確かにあんまり褒められたモンじゃねぇけどな、逆に言えばオマエくらい優秀なんだったら『教わったコトならできる』ってコトにもなるだろ」

一通り卒なくこなせる。
たったソレだけだけど、普通に考えれば十分ソレなりだと。
確かに兄、フレイ・ローテソンは超越的に突出した天才だ。
その弟だってコトで、魔術学院の教官達からは何かとちょっとしたコトまで「流石あのフレイの弟だ」なんて言われて、ソレが逆に兄と自分の決定的な差を明確にさせられてる気がしてたのだけど。

「トーアくんは、トーアくんですから」
アルティナの言葉を思い出す。
ソレは確かに「やれるコトをやればいい」というメッセージなのだろう。
リュングベリの言う通り、例えただ他人から教わっただけのコトでも。
そんなコトでも実際上手くやれると、ちょっと、自信持てる気がする。




「すごいねトーア、もう6匹目じゃんっ!!!」
通算6体目の化物カラスを無数の稲妻で射落としたトーアに、ミラが惜しみのない称賛を浴びせる。
「まあ……ね。リュングベリさんが倒し方教えてくれたから……」
南国の真夏の太陽みたいに微笑むミラに、トーアは涼しく返す。
別に堂々と「教えてもらったから、その通りできるんですよ!」なんて主張してみせるよーなモノじゃなし。ソレはソレでカッコ悪い。
「…………りゅん……誰だっけ……?」
「………………ぉぃ;」
そんな冷淡なトーアの表情さえ引きつらせるほどの素ボケをミラはブチかましてくれる。
「……ほら、あの紅い髪のひと」
この上なく分かりやすく記憶のポイントを突く。
「ああ、『リュンちゃん』だねっ♪」
「………………ぉぃぉぃ;」
自分が一方的に名付けた愛称でしか他人を記憶してないのかこの娘。
ちなみにこの可愛らしい呼称、当のハルデヴァルト・リュングベリ氏(23歳・男性)が全力で拒絶したコトは特に説明する必要もないだろう。
「と、とにかくっ、まだ何匹倒したとか言ってられる状況じゃないからっ」
慌ててトーアは意識を引き戻し空へと向き直る。
その視線の焦点が少しだけガタンと揺れる。
揺れたお陰で――
「うはぁ;;」
――空の一角を覆う黒い影が更に数多く見える。
「少なくとも30匹とかいるみたい……だね……」
そう、天空には大群を成すカラスの化物達。
そして度々小さく時に大きく揺れるココは電気機関列車の車両の屋根の上。

事態の成り行きは単純。
トーア達は首都ヴァステホルムを後にして、更に北の古都「ハーデベリ」へと、最新式の電気機関列車で向かっていた。
その途中でセレナが「なんか来る」と、南の空を指差して言った。
空を見たら明らかにおかしな大きさのカラスが大群を成して飛来。
「とにかく撃退して下さい!」と乗客も乗務員も慌てる中、多少なりともやれそーなのはトーア達だけだったので、やるしかなく。
時速70kmもの速さで進む列車に平然と追い着いて前後左右から仕掛けてくるカラスの化物達相手に、危険を承知でトーア達は屋根に登ったのだった。
屋根の上なら何も遮るモノは無く、全方位からの相手の襲来に魔術で対応できる。ハズ。

「トーアの撃墜数が36匹にはなるってコトだね。文句無し! 撃墜王じゃんっ!!!」
ミラは楽観して笑う。「え〜〜〜ぃし〜〜〜ずは〜〜〜ぃ♪」とか歌い出す。
「……あはは、そんな妙な歌いながら勝てると思わないけどね?」
その脳天気さに半分呆れながらもトーアはそんな彼女の可笑しさをドコか楽しんでいた。
っていうか、楽しむしかねーだろ。
メンタル的な余裕の有無は魔術の魔法力集束に直結するのだし。
ソレを保てずに化物倒せなかったヴァステホルム中央駅前の二の轍は踏みたくない。
ミラの謎歌をさらりと聞き流しながら、トーアは本日2体目と3体目、通算で7、8体目の化物カラスを、『嵐風』の魔術で撃ち落とした。
「さっすがトーアだねっ。歌いながら勝てると思わないとか言ってるソバから冷静にバッサリ斬り捨てちゃってるんだもんねー。『げきついおーのこどく』ってヤツ?」
「……あはは、撃墜王はともかく何が孤独なんだかっ」
飛び散った黒い羽が時速70kmを超える列車の速度に置き去りにされる。
そんな、気ぃ抜いて振り落とされでもしたら間違いなく線路脇通り越して死の国にまで落ちるくらいの速度も、今のトーアには全く物足りなく思える。
この高速度にも巨大カラスの化物達は平然と追い着いて来るし。
っつーか、一度に全員に追いつかれたらたぶん自分達だけじゃどーにもならない。
「ミラも気をつけてよ。次来るから――」
だけどソレでも、楽しむしかねーだろ。
生と死の境界線とかなんとかそんな領域を。
ちょっと間違ったってただ死ぬだけだ。
だけどソレでも勝ち抜いて生き延びる。
なんだかなんとなくやれそーな気がする。

小さな身体の両脇を通り抜ける時速70kmの疾風、車両の屋根に接する両足、半分訳分からないミラの言葉、そしてリュングベリ直伝の戦術。
魔術学院の机に座ってオトナしく授業聴いてたって得られるハズない多彩な実感。
目的は兄を追うコトなのだけど、ちょっとソレとか忘れそーになる。
「うわーーーっ、もっといっぱい来たよぅ;;」
「……大丈夫。まだ、今のトコはね」
弱気になるミラに、トーアは無理矢理笑い掛ける。




王宮の一角にある塔の内部。
「エスファたんの秘密会議室vあぁんソコはダメぇっ……」とかなんとか、生真面目なトーアじゃなくても思わず目を背けたくなるよーな文面が、キュートでファンシーな字体で殴り書き。
そんな一種不気味な張り紙の貼られたドアの先にある部屋で、トーアとセレナはこの国の女王であるエスファ・イルナードと初めて対面したのだった。
「おーーーっ、君がフレイくんの弟なんだっ。すっごい可愛いねーっ、なんかあのクールな彼と兄弟ってカンジじゃないみたいだねっ♪」
「…………は、はぁ;;」
正装ではない魔術紋様のローブ姿とは言え、確かにその立場なりの高貴な雰囲気を漂わせる彼女の口から飛び出したのは、余りにも砕けた言葉。
同時に、トーアは脳裏でガラガラと何かが崩れ去る音が聞こえた気がした。
「あんまりアタマ使わなくていいぜ、コイツいっつもこんなんだからな」
トーア達を駅からココまで案内したハルデヴァルト・リュングベリという青年も、投げやり気味に親指で女王を指差して吐き棄てるように言い切る。
彼にしても女王を「コイツ」呼ばわりなモノでトーアはかなり面食らったが、でも元々相手が高貴だとか偉いだとか関係なしに平然とタメ口利いちゃうのが魔術師には割と多い訳で、女王はそんな魔術師に対してかなり寛容だというか……むしろその方が彼女としても気楽で良いのだろうかと思った。
しかし、背後から睨みつけていた宰相と近衛騎士団長(恐らく魔法能力を持たない通常の人間であろう)はそんな彼等の態度というか関係が気に入っていないのだろうか、その明確に不機嫌そうな目をトーアとセレナにも向けてきた。
特に、女王の左隣に構える「ゲアルト・ヴァンドライエン」という名のアーデンツ王国近衛騎士団長。
彼はこの国の命運を揺るがすほどの大事件の解決のために呼ばれたのがいくら腕利きの魔術師とは言ってもこんな小さな子供達であったコトが相当気に入らないのだろうか、隙在らば即座に叩き斬るとさえ言わんばかりに眼光を研ぎ澄ませていた。
「………………」
その眼光はいくらかの実戦経験を積んだ魔術師とは言えやはり単なる子供に過ぎないトーアを王宮という不慣れな場において完全に萎縮させてしまうには十分過ぎるほど鋭利だったが、
「あーちょっとヴァンドライエン、あんまりトーアくん睨み付けて怖がらせないでくれるぅ? ウチ等もーちょっと楽しくお話したいんだからさー」
「……は、申し訳ありません」
流石にこの国の女王には逆らえないのか、少しその眼光を和らげると、改めて彼はトーア達に一礼した。
「御話は存じております、トーア・ローテソン殿。渦中の人物の弟という立場であるが故、何かと風当たりは厳しいやもしれませぬが……いや、成ればこそ、是が非でも『蒼の星石』を奪還し、この国を救って戴きたい」
そのヴァンドライエンは是が非でも、と殊更に重々しく強調した。
『蒼の星石』と言う秘宝の重要性を少なくとも自分以上には理解しているのだろうとトーアは思ったが、ソレ以上に彼の眼光が終始鋭利なままだったのが印象に残った。
トーアの一挙手一投足を厳密に注視し、僅かながらこの場に不適切な言動でも発しようものなら本当にイキナリ叩き斬られるのではないか、とさえ思わされるほど。
「…………は、はぁ……;」
その鋭さに気圧されたのか、トーアの返答は弱々しかった。




じっくりと身構え、トーアは『雷鳴の剣』を解き放つ。
「サンダー・ブレイド!!!」
稲妻が空を斬り、大気を斬り、その先を飛ぶ不自然なまでに巨大な黒い鳥3羽を一まとめに斬り裂く。
いつの間にやらトーアには猛烈に速いハズの化物カラスの挙動が読めていたし、追従できてもいた。
最初はその速さに追従できないから「先手必勝で」「狙いを定めず攻撃を拡散させた」攻撃魔術を放って戦っていた。
が、今は相手の2手3手先の移動距離を見据えた上で、自分の魔術を的確に命中させ易い距離にまで相手を引き付け、牽制も含め無駄のない攻撃で更に確実に仕留めるコトまでできている。
慣れてくると思いの外いろいろできてきたりするとゆーか。。
(もしかして僕って……自分で思ってるより実戦向きなタイプなのかなあ……?)
事前にどんな高等な知識や技術を伝授されても、実戦で実践できなきゃ無意味な訳で。
でも今は教わった以上のコトができてる、気がする。

「にしても……全然数が減ってない……よね……?」
遠く南の空を見据え直し、相変わらずの黒い大集団を視界に捉える。
すると、今まではほとんど単発で飛来していた黒い影が、今度はかなりの数がまとまって1つの巨大な「波」を成すように押し寄せて来る動向が見て取れた。
「うわっ、なんかちょっとヤバくない?ていうかヤヴァくない???」
ミラは焦りと不安を露わにする。
「7、いや8体か10体かっ……流石にこの数で一気に来られるとちょっとね;;」
少し弱気入ったトーアの心理に呼応するかのように、黒い影の巨大な波のうねりは強さを増す。
(落ち着け)と、トーアは自分に言い聞かせ、再び身構え――
「――――――!!!」
――その僅かな時間の隙間に黒い影が飛び込んで来る。
「うわあああっ!!???」
コレが落ち着いていられるか――
「………………」
――そんな中、今までずっと戦闘の様子を傍観していたセレナが、車輌の屋根を蹴った。
宙に舞い上がった彼女は真ッ先に飛んできた1羽のカラスに向かって行く――
「せっ、セレナっ!!???」
「しゃいにんぐうぃざーどっ!!???」
――屋根の上に残された2人が異なるセリフで声を揃え、叫ぶ。
何がどうシャイニングでウィザードなのかはトーアには理解できなかったが。
っつーかソレどころでさえなかった。
「!!!!!」
セレナがカラスを蹴る。
蹴る。
跳び蹴る。
っつーか、むしろ「飛び」蹴る。
「ちぇいんりあくしょんっ!!???」
セレナはまず1羽のカラスを蹴り、その反動で更に跳んで次のカラスを蹴り、更にその反動を利用して次のカラスを、そして更にその次を――ソレこそまさしくミラの言う通り、連鎖的に――蹴り飛ばし、結果この1回の跳躍で7体の巨大カラスを蹴り飛ばして――
「嘘っ;」
――自らの目を疑うトーアの目前へと、全然何事もなかったみたいに、すんなり軽やかに着地。
蹴られたカラスは誰も彼も、確実に列車の後方へと跳ばされて視界の果てに消えて行った。
「うわ〜〜〜っ、セレナすごいすごいすごいーーーーーっ♪♪♪」
「……嘘だっ;;」
絶賛するミラの裏、2度同じ言葉を繰り返したトーアの心境は自ずと窺い知れよう。
セレナの蹴りは化物カラス達と一緒にトーアの真ッ当な常識も跳ね飛ばした。
この少女は化物以上にトーアの理解の範囲外。
「ちょっと、しっぱい……」
線路の上をガタゴト揺れ動く列車の騒音に紛れて、相変わらず涼しげに淡々とした少女の声が、ほんの微かに聞こえる。

――失敗!!???
――あの物理法則完全無視の超絶空中制御まで軽々やってのけて!!???

内なる声が、トーアの中で久しく眠っていた鮮烈なる意識を呼び覚ます。

――止めとけよ、アレは既に人間の為せる業じゃない。
――分かってるだろ、あの娘も既に人外の領域に在るんだよ。

ソレと相反する臆病な理性の囁きも脳裏に響く。
が、
「ま、負けないっ!!!!!」
トーアはそんな理性さえ振り切るほどの直感に身を任せて叫ぶ。
背中に受ける時速70kmの風圧と呼吸のリズムを同調させ、有りっ丈の魔法力を集束。
計算以前の本能が示すままにその魔法力の増幅をイメージし、そして狙いを定め――
「ファイアー・ボールッ!!!!!」
――解き放ち、一気に広げられた両腕の軌跡の中から、蒼白く巨大な『火球』が生み出される。
「コレで………………」
セレナが蹴り飛ばし損ねた残り3羽の化物カラスのうちの1羽に向けて、その初歩魔術にあるまじき大きさと高密度の『火球』を投げ付ける!
「はわわっ、今度はトーアっ!!???」
ミラが驚く。
何しろその初歩魔術は、彼女自身が行使するそれとはまた違った意味で、「初歩」という概念を大きく「逸脱」していた。
なんせ、赤橙じゃなく蒼白い『火球』の温度ってのはどんな高温か!
「どーーーーーだっ!!!!!」
そのミラのように大袈裟に叫ぶトーアの視線の先、蒼白い『火球』は、天空高くから列車を狙う1羽の化物カラス目掛けて、更に加速しながら一直線に向かって行って、まさしく一瞬のうちにカラスの右羽を付け根から斬り裂いて、
「まだだっ!!」
その1度目の激突でいくらか軌道を変えられ速度も落とされながらも、続いて急降下しようとしていた2羽目のカラスの軌道と交差するように飛翔し、
「嘘っ、マジぃ!!???」
今度は左羽を根こそぎ千切り落とし、そして再び驚愕するミラの声の向こうで3羽目のカラスの胴体のほぼ中央を直撃し、その高密度の圧縮を一気に解き放たれたかの如く、派手に爆裂した。
「…………ふぅ;;」
『火球』がカラスごと爆散するのを見届け、トーアは一息つく。
少し勢い任せで魔法力を込め過ぎてしまったかな、と反省する。
まだ何10羽と化物カラスが襲い掛かってくるだろーに、セレナが仕留め損ねた3羽だけ相手に、何を躍起になって凄い威力の使っちゃったんだろう、と。
その割には反省するほど体力も魔法力も消耗した気はしなかった。
大気中の魔法力のリズムをそのまま取り込んで、そのまま解放したみたいな。
「トーアもすごいね〜〜〜っ、アレじゃ焼き鳥どころか『木ッ端微塵』だよぅ」
「そーだね、ちょっとやり過ぎたかも;」
っつーかむしろ「ちょっと」どころじゃないけど。
しかし、
「よぉし、だったら私も負けないよ〜〜〜♪」
セレナに密やかな対抗意識を燃やしていたトーアに更に対抗しようというのか、ミラが鼻歌混じりに声を張り上げながら両の手の平を天空へ向けて掲げる。
「はい!?」
いつものように彼女の両手の先には一瞬にして初歩の魔術とは思えないほどの巨大な『火球』が生成さる。
そしていつものようにソレはまず真ッ先にトーアの余裕を消し炭になるまで焼き尽くす。
「ふぁいあ〜〜〜……」
詠唱しながら魔法力を更に増幅させる(少なくとも本人そのつもりだろう)ミラ。
しかし、天に掲げた両手が『火球』じゃなく重い岩でも担ぎ上げてるみたいに、足元はやたらフラフラと覚束無い。
「ちょ、、、ミラ、無理しない方が……;」
足取り不安過ぎっつーか落ちたらどーすんだよと危惧するトーアは少し注意を促したが、ミラはなんとか体勢のバランスまでは大崩れさせずに持ち堪えて、
「…………ぼーるっ!!!!!」
最後まで魔法を唱えきって巨大『火球』を天空から迫り来る巨大カラス目掛けて投げ上げた。
少女の力の限り投げ上げられた『火球』は、いわゆる「放物線」を描き――
「よっしゃ行けーーーーーっ!!! ………………あれ!?」
――間もなく重力に屈して線路脇の大地に落下し、ドーンという大音響を遠ざかるドップラー効果で尚更重々しく響かせて、着地点(というより、着弾点)から真紅の火柱を上げた。
「あああ……;;」
魔術学院でもいつもそうしているように、トーアは頭を抱えた。
『なんだなんだ今の爆発はっ!? 何が起こったんだッ!!???』
『コレもまた魔物の攻撃かッ!? 大丈夫なのかッ!!???』
思わずへたり込む彼の耳に聞こえる、屋根の下の車輌内部からの乗客のどよめき。
「あははーっ、またちょっと失敗しちゃった風味!」
「いや、『風味!』じゃないでしょっ、『風味!』じゃっ!!!!!」
トーアは思わず冷静じゃなくなってミラに突ッ込みモード。
「だからちゃんと集中して魔法力もコントロールして狙えって……」
言い掛けた瞬間。冷静でない彼の意識は不安定な足場に対する集中を途切れさせ――
「………………!!!」
――タイミング悪く、ガタンと大きく揺れた列車の屋根がトーアの足を宙空に浮かす。
そのままトーアの身体は屋根の上から滑り落ちてしまう。
「ヤバっ……!!!」
思った瞬間既に線路脇への落下軌道を辿り始めていた。
「トーアっ!!???」
彼との距離が瞬時に引き離されるのに気付いたミラが慌てて手を伸ばすが、間に合いはしない。
何しろミラは列車の上から離れられず、逆にトーアは列車から離されて行くのだ。
「あっ……!!!」
空気が凍り付いたような静寂を感じた。
駅前で迫って来たカラスみたいに、ミラの手がゆっくりと伸ばされるように見えた。
彼女の口が何かを――恐らくは自分の名を――叫ぼうとしているように見えた。
時間が静止点に向かいつつあるような、そんな空間がトーアを取り巻いていた――

――その、ほんの刹那。
ミラの更に後方から、白い光の矢が放たれる。
ソレは当然もう分かり切ったコレなのだけど、でもいつまで経っても信じ難いアレ。

「セレナっ…………!?」

永遠のような一瞬の中、トーアが叫んだその名はこの場の誰かに届いてただろうか。

そのセレナは相変わらずの桁外れた速度でミラの背後の屋根を蹴って跳躍。
列車から振り落とされたトーアの身体を空中で捕捉し、受け止め、線路脇の地面に軽々と着地。
自分よりも少し大きい彼を抱えたまま間髪入れずに再び跳び上がり、そしてミラがいる僅か1両後の車両の屋根の上へと、マジで流星の如きスピードで帰還。
「………………」
「…………セレナ……?」
今再び響き始めた列車の揺れる音の中、トーアはセレナの微かな息遣いが聞こえた気がした。
そのセレナが今、横たわる彼の顔を覗き込んでいる。
「あ……」
相変わらず無表情な彼女の顔の向こうに見える空はいつの間にか、蒼い。
「………………大丈夫?」
「えっ……ま、まあ……」
普段は極端に口数少ないセレナから状態を尋ねられるってのは少し不思議だ。
時速70kmの疾風はやはり突き刺さるほど冷たい。
(また、セレナに助けられた……)
そう、思った刹那――
「!!!」
――巨大な影の先端がセレナの頬に当たる太陽光を遮る。
両腕と片膝でトーアを抱き留めてるセレナは、まだその影の動向に意識が及んでない。
「トーアっ、セレナっ、伏せてーーーーーっ!!!!!」
1両前の車両からミラが叫ぶ。
「………………???」
トーアが何事かと思う間もなく、更にミラは声量を増大させ、大気と共鳴する――
「ファイアーボールっ!!!!!」
――ほんの一瞬にして魔法力の渦が1点に集束する。
ミラの両手からは相変わらずの、初歩の魔術には到底見えないほどの圧倒的に過ぎる『火球』が生み出され、
「………………!!」
言われた通り黙って伏せたセレナの頭上2mを通り越し、やはり圧倒的な相対速度で空を斬り裂き、列車の間近にまで迫りつつあった巨大な化物カラスの胴体を強襲する!
「いーかげんにしやがれこの×××野郎っ!!!!!」
『火球』は高度を上げながら進入角30度で急降下して来たカラスの首を根元から引き千切り、ソレでも勢いを全く失わず、蒼白い軌跡を天の彼方へと向けて描いて行く――
――だけでは済まなかった。
「……あれ???」
その軌道の彼方から迫る黒い大群を眺めるミラが首を傾げる。
「……何??」
屋根の上に下ろされたトーアも上体を起こして、その方向を見ると、
「……嘘っ!?」
ミラの放った『火球』は、
「はわわっ!!???」
他でもない彼女自身が最も驚いたほどの凄まじい爆発を起こして、
「……在り得ない」
一団となって列車襲撃を始めようとしていた化物カラス達を1羽と残さずに巻き込み、

「や、殺り過ぎちゃったかな;;」

そして爆風が晴れた後には、蒼い空と白い太陽だけが、何事も無かったかのように残されていた。

表面上はこの空も平穏を取り戻したかの様に見えた。
僅かながら春の気配を漂わせる、少しだけ白く霞んだ蒼空の下。
「……うしろ」
先程までトーアを抱きかかえていたセレナの微かな声が、一瞬の静寂を崩す。
「えっ……?」
トーアは彼女が指差した方向を見る。
すると、
「ミラっ!!???」
「……ほえ???」
1つ前の車両の屋根の上に立つミラの背後に、巨大な黒い影が迫るのが見えた。
ミラは気付いていなかったし、トーアもセレナに言われるまで予期してなかったし、そのセレナは列車から振り落とされたトーアを救うのに体力をかなり消耗したのか、黒い影の襲来を指し示しただけで、自分から動こうとはしなかった。
「ダメだっ……!」
その影の余りの速さに、トーアが思わず叫んでいた。
トーアから見た列車の進行方向はミラがいる方向で、そのミラの更に背後から黒い影――恐らく、今までは列車の後方から襲来してきた黒いカラスの残党――が向かって来る。
ってコトはつまり、相手との相対速度は列車の速さを時速70kmとして単純に計算すると、先程トーアとセレナが襲われた時よりも140km/hは速いコトになる!
「今から魔法使っても――」
――間に合わない。
そんな考えが、トーアの脳裏に芽生えたか、芽生えなかったかの瞬間だった。

――蒼白く真っ直ぐな閃光が、ミラの背後の黒い影を刺し貫く。




「……となると、あの幼き少女が魔獣の接近を察知しているという可能性はかなり高いという事だな」
鋼鉄の鎧を着込んだ大柄な男が、地鳴りのような低い声で言った。
部屋は暗く、兜の下の表情を窺い知るコトはできないが、その身体が如何に屈強であるかが鎧の上からでも分かるのではないかというほど男の声は重く響き、冷たい空気を振るわせる。
「はッ、ほぼ間違いなくその通りであります」
黒いスーツを着込んだ男が、その重圧的な声に対して応答した。
「成る程な……なれば、『蒼の星石』の存在を感知出来たとしても不思議ではあるまい」
「その可能性も、十二分に在り得ると考えられます。現に、少年達の移動経路の先々で、フレイ・ローテソンの仕業としか考えられない、無惨に破壊された魔獣の死骸が放置されております」
「まるで魔術の直撃部分だけが削り取られているかのような死骸――か。既存のどの攻撃性魔術にも、いや魔術以外のあらゆる攻撃手段にも当てはまらぬ外傷なのであったな」
「はい。あの日『祭壇の間』の壁が破壊されていたような……外観は酷似しておりました」
「そうか……」
鎧の男は、黒服の報告を一言一言、噛み締めるように聴いていた。
そして蝋燭の灯火に辛うじて照らされただけの暗い部屋を見渡す。
今まで報告していた男と同じく、黒いスーツでその部屋の闇に溶け込もうとするかのような人影が数人、その場には居た。
「なれば、彼の少年達より絶対に目を離すな。何が何でも、だ」
この闇に向かって、鎧の男は威圧するかのように大きく重い声を発した。
「そしてあわよくば……その少女の身柄を拘束せよ」




列車の屋根から車両の中に下りて、トーアは1人、先頭車両まで走った。
走りながら左右の座席に座る全ての乗客の顔を見渡していった。
度々そんな乗客達に怪訝そうな表情を浮かべられたが、とにかく気にせずに走った。
だが………………列車の中のどこにも、トーアの探す人物の姿は見当たらなかった。
「………………」
あの蒼白い光の帯を、見間違うハズもない。
そして、あの輝きを導き出せる魔術師というのはトーアの知る限り唯1人しかいない。
「…………兄さん……」
それは他でもない、フレイ・ローテソン。
彼ほど強大な魔法力の持ち主が他に何人いるのか、というだけの問題ではない。
あの蒼白い光の魔術は彼自身の手によって編み出されたモノなのだ。
彼と同等以上の魔法力を備えてたとしても、彼以外の誰かが軽々と使えるハズが――

「トーアぁ」
――背後の遠くから、ミラの声が聞こえる。

列車は間もなく、王国北部の中心都市・ハーデベリに到着する。



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