“Destinate”序章。

Prologue : MidNight Lights

ゼド・フィオリアは驚いていた。
驚くより他に選択の余地が無かった。

最初その輝きは単なる夜空の星の1つとしか思えなかった。
だからそもそも、「その」と特定できるほど特別に認識してもいなかった。

しかし『輝き』は、強さを増した。
そして夜空を斬り裂くように流れ――

――落ちてきた。

「なっ……何………!?」

窓の向こうだけでなく天井の向こうにも夜空が眺められるようになってしまった部屋の中で、ゼドは今や自分の目の前にある、その『輝き』と向かい合っていた。
どーなってるんだ。
よく分からない。
ただ、月明かりさえ霞んで見えるほど強い『輝き』は、ドコか優しい。
ゼドは決してソレから眼を背けようとはしなかった。
できなかった、のかもしれない。
その『輝き』の中に、奥に、向こう側に、意識が吸い込まれていくように――

「ねえ何何何何何っ!?なんか落ちてきたのっ!!???」
「うわぁっ!!???」

――『輝き』と自分の境界が分からなくなり掛ける寸前で、その意識は引き戻された。
現実へと。

「……………ミュア?」
ゼドは背後の声の主の名を呼ぶ。
「うわーすっげーなんか光ってるー」
ミュアと呼ばれた少女は意に介さず、ゼドを追い越して『輝き』に歩み寄る。
「ちょっと待て、夜中に他人の部屋上がり込んで来といてアイサツ無しかよ」
「なんだようっるさいなもー」
冷めた声が2人の間を行き交う。
「なんかねー、すっごい光ってるのが見えた気がしてー、来てみただけなんだけどー」
「そーですかそーですかそーですか」
ゼドは尚更投げやりになる。
「その光ってるのなら今オレの目の前に在りますですよ。別にオレの所有物じゃないからご自由にしちゃって下さいですよっ」
「なんだよーっ、ゼドのファックOFFチキン野郎ッ!」
「なんでソコまで言われなくちゃなんねーんだよっ!!???」
暴言の応酬は微妙に噛み合ってない。
いつもこんなカンジだが――

「――――――!!!!!」

――突然、ミュアが表情を引きつらせた。

「えっ……何………どーゆーコト……?」

「なんだよイキナリ?」
ゼドの呼び掛けにミュアは応えない。
しかし、ただ無視してるというのとは違う気がする。
本当に彼の声が聞こえていないかのように――

「…………私の……力………?」

――ミュアは『輝き』と向かい合ったまま、誰とでもない誰かに向かって声を発している。
「おいミュア!」
ゼドは思い切って彼女の腕を引いてみた。
反応されない。
「ミュアってば!!!」
耳元で叫んでも。
応えは返って来ない。
ゼドの右腕とミュアの左腕を境に、2人の存在する世界が隔てられているかの如く。

そしてミュアの側の世界の中心に在るのは恐らく、この目映いばかりの『輝き』。
空から落ちてきてゼドの家の天井を突き破った、『輝き』。

「どーなってんだよっ!!???」
更にミュアを追い越してゼドは『輝き』に迫る。
その瞬間。
「うわっ!?」
『輝き』の向こうから、空気が斬り裂かれる激音が響く。
「なっ……なんだよっ………?」
少しだけ、『輝き』が弱まった気がした。
その『輝き』と月明かりが交差する一点に、何者かの人影が見えた。
「…………!?」
照らし出される姿形。
明らかに鋭利な刃物だろう、突き刺さるような光の反射。
そして――発せられる、声。

「追って……来ましたか……」

ドコか冷たく響く、透き通った少女の声。
ソレは闇の中の人影からではなく、ゼドの目の前の『輝き』の中から聞こえて来る。
「それだけ目映く輝いていれば容易く追えるというモノだ」
男の声。
コチラこそ、月明かりと宵闇の境界に立つ人影から発せられたモノだろう。
「戻ってもらうぞ、サフィーネ・リファイザ」
その男の声が、更に続ける。
「戻る訳には行きません」
少女の声が、立ち向かう。
「私が果たすべき使命は人と人との争いに手を貸す事ではないと、『魔王』に伝えなさい」
「その争いを終わらせるためにこそ、『魔王』陛下は貴女の力を必要としているのだがな」
使命だの魔王だの、辺境の小さな村で暮らすゼドには意味を知り得ない単語が飛び交う。
「争いを選ぶならば、それもまた『人』――私が関わるべき次元の問題ではありません」
『輝き』が、更に弱まる。
その中にゼドは髪の長い少女の後ろ姿を見る。
「私は――」
少女の肉声。
だが、闇の中の男はその声を続けさせなかった――

シュヴァンッ!!!!!

「なっ…………!?」
――大気を斬り裂く衝撃音が再び聞こえたかと思う間もなく、ゼドは後方に弾き飛ばされていた。
闇の中、男の手元から鋭利な光の軌跡が映し出された――その瞬間だった。

「御託はいい。来てもらう」
男は語調を強めた。
「貴方の力で私に敵うとでも?」
「今の今まで大人しく保護されていた立場で言えるセリフかッ!!!」
「ちょっと待てよっ!!!!!」
訳の分からない単語が飛び交う中に、ゼドには聞き慣れ過ぎた声が唐突に飛び込んで来た。
「ちょっとソコの黒いヤツ、イキナリ出て来て他人が話してるの邪魔しないっ!!!」
光の中の少女と闇の中の男の対話に割り込んだのは、ミュアだ。
何やってんだこのバカ無謀じゃねーの、とゼドは思った。
オレは吹ッ飛ばされてるんだぜ?
「………邪魔?」
「そ、アンタ邪魔。てか、女の子相手に槍はねーでしょ、槍は!」
存外にもっともな見解が述べられた。
しかし、またしても――

シュヴァンッ!!!!!

「えっ…………!?」
――衝撃音と共に、今度はミュアに向けて先鋭な光の軌跡が迫る!
しかし、
「!」
光は謎の少女を包み込む『輝き』の手前で、弾けて、消えた。
「………アーウィン・レントヴァルト、貴方にこれ以上の手出しはさせません」
謎の少女が再び、肉声で語る。
薄れ行く『輝き』の中、少女のとても長い髪が風を受けたようにふわりと舞い上がっているのがゼドには見える。
「別に、そんな小娘に手を出したい訳じゃないんだがな」
「誰が小娘だ!」
非現実的な光景の中で聞こえてくる余りにも慣れ親しみ過ぎた声。
それがゼドの意識を非現実から現実へと辛うじて引き戻す。
「ちょ、、、ミュア……落ち着けバカ!相手はただ刃物持ってるだけじゃないんだぞ!?」
「うるせえ誰がバカだ!女の子に刃物向けるってのがドレほど非人道的か、この黒いのにキッチリ教え込んでやらなくちゃだろーがッ!!!!!」
こんな凄いコトさらりと言うミュアの意識は非現実と現実のドチラにあるというのか。
「引き下がりなさい、レントヴァルト。さもなくば生命の保証は出来ません」
再び『輝き』が強まり、その中で少女の髪がますます大きく舞い上がるのが見える。
「言ってくれる……」
男の持つ槍の穂先が蒼白に光り輝く。
しかも月の光を反射するのではなく、自ら光を放っている!
「手荒なマネはしたくなかったが致し方ない。少々痛い目に遭って貰う!」
振り翳された槍から巨大な稲妻が放たれる。
在り得ない光景、オン・パレィド。
「はわわーーーーーっ!?」
「どーなってんだよっ!!???」
稲妻が謎の少女に向けて放たれた、その威力の余波でか、ミュアとゼドが吹き飛ばされる。
そんな中で少女は――
「貴方は痛い目どころでは済みませんよ」
――自らを包む淡い光の更に前方に、正六角形に構成された鮮烈な光を形成している。
蒼白い稲妻はその光に遮られ、薄白く霧散する。
「防御壁……か。ならば次はこれでどうだッ!?」
先程より更に、更に目映く、槍が輝いていく。
穂先だけでなく長い柄までもが後端まで輝いていく。
「………………!」
光の中で少女は表情を一転させた。
「レントヴァルト……止めなさい!」
「今更……。さっきまでの威勢はドコに行った!!???」
輝きは槍全体を覆い尽くして尚強まり続け、遠目からでも男の顔がハッキリ見えてくる。
「ちょっと、危な……」
「やだ、嘘……!?」
何の光なのかは分からなくても、ゼドとミュアは本能的に危機を感知した。
ヤ バ い。
「無謀な……村ごと壊滅させる気ですか!?」
少女のそんなセリフが聞こえなくても十分理解出来る、超マジに激ヤヴァい。
「ならば村ごと守り抜いてみせろッ!!!!!」
槍からは容赦なく巨大な閃光の塊が撃ち出される!
蒼白の輝きがトーアの家の床や壁や柱や天井を次々と単なる木片に変えていく。
「せめて……『継承者』だけでもっ………!」
少女を護るかの如く輝く正六角形の光の格子が、一際その輝きを強める。
と同時に、ゼドとミュアの身体は白い光の球体にすっかり包まれて――

「なっ……何っ……!!???」

――視界の全域が白くなって、2人の記憶は途切れた。




「………………あ…………?」
気が、付いた。
いや、目が覚めたってくらいになんてコトないカンジで意識が戻って来た。
休日寝て起きたら朝どころか昼でした滅殺。そんな具合の覚醒。

しかし辺りはまだ全然薄暗く、昼どころか朝さえ来てないほどの早い時間かと思えた。
空の片方だけが、薄明るい。
そして、少し空気が肌寒い。
夏が終わりに近付いてるとはいえ、夕方でこの肌寒さはまだ在り得ない時節だ。

「ゼド……気が付いた……?」
「えっ……!?」

地面に伏したままのゼドに、傍らの少女が声を掛けた。
「ミュア……?」
「良かった、死んでなくて……!」
「はぁ???」
何を大袈裟な。
ミュアという名のこの少女が何を思ってそんなコト言いやがるのかゼドには分からない。
でも、彼女は相当に真顔だ。いつもみたいにニヤついてさえいない。
「すっごい光でさ、ホントどーなっちゃうかと思ったよね。でも、とにかく私達死んでないってコトだけは確か……だね」
「そりゃ死んでないだろ。ってか……」
そもそもなんでオレは外で寝てたんだ?と尋ねようとする寸前で、彼女の言った「すっごい光」の光景が、ゼドの意識に急激に甦ってきた。
「……そーだな、生きてるな」
空から落ちて来た(そしてゼドの家の天井をブチ破った)、目映いばかりの『輝き』。
その『輝き』を追って来た謎の男が放つ、稲妻と閃光。
『輝き』の中の少女が創り出したのだろうか、白い光の格子――
「そーだよあの女の子……どーなったんだよっ!!???」
――思い出した。いろいろ。
「そーだよあの女の子だよっ……だいじょーぶかなっ!!???」
ミュアもほぼ完全に思い出したようだ。
2人同時に走り出す!
走り出してから気付いたが、どーやら2人ともいつの間にか村の入り口のトコで寝てたみたいだ。
少し走ればすぐ、不思議な光が行き交う現場となったゼドの家に辿り着く。
少し走れば。
すぐに。
ゼドの家に。
ゼドの……。
「………………あれ?」
該当する建造物は、1件も目視されませんでした。(棒読み)
「あれあれ?」
ミュアも首を傾げてるから、特にゼドの目だけが自分の家を視認できなくなったって訳でもないのだろう。
「……いや、、、『あれ?』じゃねーよっ」
ほぼ自己突ッ込み。
っつーか自分、本来家があるハズの場所に今こーやって無雑作に折り重なってる木の板とかを何だと思った訳?
ハッキリ分かる。
家は、破壊されてる。
完膚なきまでに。
「あーっ、ならアレ夢じゃねーんじゃね?」
「今更っ……;」
2人とも今度こそ今度こそ、この場所で夜中に起きた出来事の記憶を完全に甦らせた。
実に冗談キツいが、昨夜ゼドの家を舞台に起こった不思議な現象の結果、ゼドの家は壊れた訳だ。
「あぁもぉっ……!」
意識が睡眠とは違う方向で薄れて逝こうとする。
例えてゆーならこぉ、地に落ちたり海に沈んだりするカンジじゃなく空間に霧散するカンジで。
身体の力が抜け掛けて、ゼドは思わず後方に倒れ込んで――
「行くよ」
「え」
――ミュアに手を引かれて、ゼドが倒れるのは阻止された。
「行くって――?」
「もしかしたらあの子、この残骸の下敷きかもだよ?」
「あっ――」
ミュアのこの言葉と鋭い視線で散り掛けた意識もアタマの中に引き戻された。
「ホントに――大丈夫かっ……?」
ゼドが手近な残骸に慌てて手を掛けると、その刹那――
「うわっ!!???」
――残骸の下から天を刺し貫くほどの光が放たれる!
「はわわっ!!???」
1歩引いたゼドの背後で2歩引いたミュアも目を覆う。
あの『輝き』が再び現れたような余りにも強い光が、さらに目映く弾けて――
「………………!?」
――その上に覆い被さっていたゼドの家の残骸も弾け飛ぶ。
と同時に、光の中心は地面よりも高い位置に浮き上がっている!
「なっ……なんなんだ……っ!!???」
恐る恐る目を開けたゼドに見えたのは、光の中心で横たわる少女の姿。




光の中にいた少女は、自分の名前さえも分からなかった。
ただ、少女を追って来た黒い影の男は「サフィーネ」と呼んでいたので、ゼドとミュアもひとまずそう呼ぶコトにした。
「あの光とかって、一体どんな魔法なの?凄いよねー!」
「光……分かりません……」
いつものように無駄に元気の良いミュアの問いに、サフィーネはただ小さな声で返すだけだった。
「無理もないだろ、分からないって言ってるんだから。しばらくそっとしといてあげようよ」
ゼドがミュアを諭す。
「でもでもー、分からないコトは知りたいしーーー」
「そのサフィーネ……さん、が、分からないっつってんだろ。無理に訊くモノじゃない」
「ありがとうございます……。ゼド……さんは、優しいんですね」
小さく頭を下げながら、サフィーネは控えめに微笑んだ。
「いや別に、優しいって訳じゃ……」
「なーに照れてんだこのファックOFFノロケ野郎!」
ばん、とミュアがゼドの背中を叩く!
「痛てっ!別に照れてねーよ!」
「照れてる照れてるーーーーー♪」
「ザケんなテメエ!!!」
からかうミュアとからかわれるゼドを見て、サフィーネが言う。
「お2人とも……仲が良いんですね」
声を揃えて2人が返す。
「「良くない!」」
こんな3人の少年少女の中に、大人の女性が1人割り込む。
「……そんな見事に声揃えてんのが仲良いってゆーのよーーー」
ミュアの母、ユーシアだ。
その顔を見るとミュアは途端に不機嫌になる。
「余計なコトゆーな、このセクハラババアッ!」
娘の罵詈雑言をユーシアは意に介さない。
「あらサフィーネさん。今朝もまた一段とお美しい限りですのねえっ♪」
「そんな、ユーシアさん……」
サフィーネは少し頬を紅く染める。
「こんな可愛い娘がウチにいてくれるなんて、私ってばなんて倖せなんでしょっ!」
目一杯に微笑むユーシアに、サフィーネが言う。
「あの……お邪魔でしたら私……すぐ出て行きますけど……」
彼女は自分が居候の立場だというコトを気に病んでいた。
しかしユーシアは、そんな彼女を真ッ向から受け容れる。
「ふふっ、『サフィーネさん』って呼び方もないよね。『サフィ』って呼ぶね、コレから♪」
「あのっ、ユーシアさん……っ!」
「あーサフィ気にしないで。どーせウチ広いから大丈夫だしっ♪」
ミュアも笑って、サフィーネの背中に抱き着く。
「あっ、ミュアさん……っ!?」
「そうそう。そもそもゼドくんもウチに住むコトになっちゃったんだしねー。1人増えるも2人増えるも大差無しよっ♪」
「たはは……」
窓の外に見える自宅の残骸に、ゼドは苦笑する。
サフィーネは当然、何故ソレが壊れてるのかを覚えてはいない。

そんな楽しげな4人を不機嫌そうな眼で睨み付ける中年の男の姿が在った。
ミュアの父親、ゴーガス・ブローウッドソンだった。



NEXT→